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泥を洗う

久しぶりに休みを取り、自転車で川沿いを走ってみました。

 

久しぶりの自転車でした。

うちの近所の川は、決して美しい河とまでは言えませんが、二月の割に日の穏やかな暖かい日でしたから、川沿いに今まで行ったことのない場所まで行ってみようと。

 

海のほうに向かって川沿いを走ると、窪地になっていて、狭く暗い地下道になっている場所に出くわしました。

実は、この場所、以前奥さんと一緒に回転寿司に行く途中、一度出くわしたことがあります。

夕方の日も沈む頃で、あまりに不気味で、水も溜まっているようにみえて、引き返したのでした。

 

今回は、水も溜まっていないようで、なぜか、私はこれを自転車で突っ切って攻略したいと思ったのです。

それで、地下道に入っていくと、昼なお暗く、水こそ溜まってませんでしたが、様々な堆積物が溜まっていて、地下道のまんなかはヘドロになってました。

もはや突っ切るしかなく、ヘドロを自転車で一気に突っ切り、地下道を突破。出ますと、自転車が恐ろしいほどヘドロのかたまりでこびりついてます。

ちょっとやそっとじゃ取れそうもありません。

 

地下道のむこうは、相変わらず川沿いではありましたが、来たことのないような人気のない荒れ果てたところで、かろうじて川沿いに狭い緑地と道が続いてました。

 

どこか公園があれば、水で自転車のヘドロを落とせるなあと思います。

そのためには、先に進むしかありません。

元に戻ろうにしても、不気味でヘドロだらけの地下道を戻るのは考えられませんでした。

 

自転車を蹴って、川沿いの狭い緑地の道を進みます。

緑地とはいえ、人気はなく、それどころか、長年誰も入ってないような、寂しげな雰囲気です。

なぜ、うちから自転車で10分のところに、こんな忘れられたミステリーゾーンがあるのか?

不思議でしたが、とにかく自転車を走らせるしかありません。

しばらく川沿いを進んでも、景色は変わらず、ようやくあずまやらしきものを見つけるも、もう少しで朽ち果てそうなあずまやです。

 

ようやく、道の真ん中に、蛇口のついた水道を見つけました。これでヘドロが落とせそうです。しかし、蛇口はけっこう下の位置に付いていて、ホースがなければ自転車を洗えそうもありませんですが、さすがにホースは無さそうです。ふと、水道の蛇口の下をみると、なぜなのか、透明の500ミリリットルのペットボトルに水が詰められて置いてあります。誰かが置いたものなのでしょうか。勝手に取ったら怒られるかな?しかし、誰も周りには気配がありません。蛇口をひねると、固いうえに、ちょっとひねると爆発的に水が飛び出してきますが、ともかく水は出そうです。

 

そこで、思い切ってペットボトルを取って、その水で、自転車のタイヤや車輪にこびりついたヘドロにかけてみました。

すると、ヘドロは、案外きれいに水をかけられて流れていきます。

ともかく、あまりのヘドロだったので、このペットボトルに水を汲んでは車輪にかけ、を繰り返しました。

少しずつですが、自転車いっぱいにこびりついたヘドロが水で流れていきます。

車輪の一部なんか、もともとよりも水で洗われてぴかぴかに見えてきました。

 

その時、犬を連れた女の人が通りががりました。

初めてすれ違う人でした。

見たところ、午後の暖かい内に犬を散歩している様子ですが、こちらはヘドロだらけの自転車にペットボトルで水をかけ続けていて、どうみても不審に見えそうです。

そこで、ペットボトルの作業を中断して、なに食わぬ顔をしていましたら、犬が一目散に蛇口のほうに寄ってきます。

犬は喉がかわいているようでした。

女性は、蛇口をひねろうとしますが、その蛇口は固いうえに、左回しでふつうと逆さ向きにひねるのです。

女性がすこし苦戦してたので、思わず「その蛇口、左回しなんですよ」と教えてあげました。

そうしたら、女性はびっくりして「そうなんですね!」と言うなり左回しにするのですが、あっ!しまった!水道は思い切り出てしまう、と思いきや、水がドジャーッ!!と噴出します。

女性は完全にびっくりしていましたが、犬は待ちかねた水が爆発的に流れてきて、大喜びでぺろぺろ、ごくんごくんと飲んでいます。

 

女性は軽く礼を言って、犬と一緒に行ってしまいました。

わたしは再びペットボトルの水かけ作業を始め、もうあらかたきれいになったかなというところで、作業を終えることにしました。

ペットボトルは、元通りみずを一杯に満たして、ふたを閉め、元の蛇口の下に置きます。

こうすることで、ちょっとの風が吹いてもどこか行かないのです。

いったい、前にペットボトルを置いた人は、何を思ってここに置いたのでしょうか。

 

ヘドロが落ちたところで、再び自転車を走らせますが、やはり後戻りはできません。

先に向かって走らせます。

途中、ゆっくり歩くおじいさんにすれ違った以外は、誰とも会いません。

相変わらず、すこし荒れ果てた緑地の道です。

やがて、鉄道の線路の下を通り抜けます。

この鉄道は、列車の車両の色から、臨海線だとわかりました。

つまり、海に向かって川沿いを下っていたのです。

 

やがて、緑地は消え、ごつごつした打ちっ放しのコンクリートのような粗末な道の上を走ることになりました。

目の前の川の様子は変わりませんが、行く手が白っぽく、太陽を反射してキラキラして、広がってきました。海のようです。

時々くぐる橋の上にはたまにトラックが走ったり、川の両側にはたしかに人の住んでいそうなマンションも見えるのですが、人の気配は全くありません。そのかわり、白い鳥が大勢飛び立ったり、

どこのねこかが、誰も通らない粗末な道の上で昼寝しています。

そして、海に着きました。付近には人工海岸の砂浜もあるはずですが、川の河口付近は、テトラポットで埋め尽くされた、なんとも風情のない河口です。人の気配はまったくありません。私は、海沿いに自転車を走らせてみました。

 

そこでは、波打ち際のわずかな砂浜で、大小いろいろな鳥が、まさに波遊びをしています。人間がいないと、鳥はこんなに近くで遊ぶものかしらと思います。

ちょうど水平線に真向かうように太陽が水面を輝かせていて、黄金の波しぶきのなかを鳥たちが身を寄せ合って遊んでいます。

 

 

地域的には、むしろもう少し移動すれば副都心と呼ばれる高層ビルやスタジアムがあるはずで、こんなに人の気配のない海もあるものかと思います。

海ぞいをしばらく自転車を走らせて、ようやくちらほら犬の散歩の人に出会いますが、もうそこは人工海岸の砂浜地域で、鳥たちの海はちょうど見えなくなっています。

 

そのまま自転車を走らせ、海ぞいの国道に出ることができました。人の世界に戻ってきたなあと安心します。

 

国道から、先ほどの鳥の楽園のあたりを掠めて、大きな橋に差し掛かります。

この大きな橋の下に、実はさっき走ってきた川の河口があるのです。アーチ状に膨らんだ大きな橋のいちばんてっぺんに自転車を止めて河口を見ます。

河の南中です。

海の上真っ直ぐに射す太陽と、海の上の太陽の道を見て、

人生のヘドロを落としたのだと気づきます。

そのことに、高い場所に立って、ようやく気づくのでした。

 

通り抜けるだけでヘドロがまとわりつく暗い地下道に、なぜ自転車を漕ぎ出したのか、

荒れ果てた緑地公園のペットボトルの水は誰が汲んで置いてくれたのか、

河口に近づくにつれて一向に美しくならず、ますます荒れ果てるゴツゴツした道のむこうで、鳥たちが遊んでいた景色の不思議さ。

家からおそらく15分圏内で私が通り過ぎて見たものは、べつだん見なくてもいい、美しいだけではないものです。

これらが何だったのか?

分からないのですが、高い橋の上で、人生のヘドロを落としたのだなという考えに触れたあとは、帰り道のどの景色も(しばらく見知らぬ場所を走りましたが)、高い場所の景色があるから見えるもののように映りました。

その後、ようやく最寄りの駅にたどり着きました。電車に乗り換え、大きな駅の中のコーヒー屋さんで、この文章を書いています。

こんな秘密の場所を一瞬で通り過ぎて、すぐに隣の街まで人を連れていく電車というのは、改めてすごいパワーを持っているなと、感じてしまいます。

 

河の南中のことを書いている時に、コーヒー屋でこの曲が流れました。

ラヴェル(1875-1937)の書いた、「ハイドンのためのメヌエット」です。ぴったり合う気がします。