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ニーチェの物語2(われら極北の民)

「私たちが、私たち極北の民が哲学者であるとすれば、私たちは以前の哲学者とは別のものであるように思われる。」(『権力への意志』(上)原佑訳、p.486)

 ニーチェが「私たち極北の民」というとき、彼は、どのような民を想像していたのだろう?私は、文庫本のこの言葉に線を引いて、「≒HSP」と書いた。私には、彼が「私たち」と呼び掛けた「極北の民」は、現在ならばHSPと呼ばれる人々だと思われる。


 HSP(Highly Sensitive Person) の人は、DOESの頭文字の4つの特徴があるとされる。その4つの特徴とは、〈Depth of processing〉(感覚で受け取ったデータの処理の深さ)、〈Overstimulated〉(人の感情や雰囲気が自分の内部に入り込んできて刺激を大きく受ける)、〈Emotional reactivity and high Empathy〉(感情的反応性・高度な共感性)、〈Sensitivity to Subtle stimuli〉(人や環境における小さな変化や、細かい意図に気づきやすい。無意識的あるいは半無意識的に環境内の些細な事柄を処理できる能力から、しばしばHSPは「ギフテッド」や「第六感」を持っているように見えることもあるという)である*1。

 

HSPとは、本来、人間誰もが持つ非言語のコミュニケーションを豊かに発露している者を指していると思われる。しかし、あえてHSPという概念として注目されつつあるのは、言語支配の激しい環境における、非言語による別の生き方(あるいは本来の生き方)の復権への欲求が高まっているからだと、私は見ている。

それは、何よりも【1、インナーチャイルドの声の復権と調和】を基礎として、【2、自分の価値の発見】(「価値」という用語をニーチェは大変に重視し、愛用さえしているが、「value=数値」という意味を語源に持つこの言葉には問題が含まれている)、【3、生の調和の希求】などを特徴とする*2。HSPは心理学上の概念であり、精神医学において診断される症状名ではない。すなわち、HSPは、他者から枠づけられるのではなく、本質的に自らを再発見するために必要なヒントとなる概念束と捉えるべきものである。

 

ニーチェが「私たち極北の民」という時、彼の頭の中には、そうした「民」の「多様性」や「差異の尊重」といった考えはほぼ無い(むしろそうした考えに対して、ニーチェは、焦点をぼけさせて人を屈従させる偽の概念として攻撃するだろう)。だから、彼が呼びかける「極北の民」は、自分と同じような、あるいは似たようなやり方で自分自身を見ている人のはずだ。では、ニーチェは、自分を何者だと捉えているのだろう?『この人をみよ』(自分のことである)という著作まで書いた彼は、自己をただしく理解することの重要さを訴えてやまない。

 

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『力への意志』の冒頭(この遺稿の整理は、前述したように彼の妹によるものだが)、ニーチェはこう書いている。

 

「私が語るのは、次の二世紀の歴史である…すなわちニヒリズムの到来」(ibid. p.13)

 

すなわち、彼は、これから「次の二世紀の歴史」を語るのだという。その内容が「ニヒリズムの到来」ということなのだが、それにしても、妙な言葉ではないか。「歴史を語る」と言うのであれば、それは常識的には、「すでに起こった出来事を語る」ことを言うものである。「次の二世紀を語る」のであれば、未来予測という考えもありうるが、「未来(次の二世紀)の歴史を語る」という書き方は、尋常ではない。ニーチェは、自分のことを何者だと思っているのか。それを続けて彼は書きつけている。

 

「ここで物語っているのは[注、ニーチェ自身のことを指している]、おのれをかえりみること以外にはこれまで何もしてこなかった者である。それは…すでに未来のあらゆる迷路に踏み迷ったことがあり、冒険し実験する精神として、来たらんとするものを物語る…未来を回顧する予言の鳥の精神であり…このニヒリストは、ニヒリズム自身をすでにおのれの内部において終末まで生き抜いてしまっている…」(ibid. p.14)

 

彼は、自分のことをこう語る。自分は、「おのれをかえりみること以外には何もしてこなかった」、そしておそらくそれゆえに、これから到来するという「ニヒリズム」を自分の内部のドラマとしてその行く末・最後まで生き抜いてしまい(「未来のあらゆる迷路に踏み迷い」そこから生還してきた)、それゆえ、これから来るであろうとするものを物語ることのできる、「未来を回顧する予言の鳥」である、と。ここに、「ニヒリズム」についての彼の簡潔な説明を付け加えておこう。

 「ニヒリズムとは何を意味するのか?「至高」の諸価値がその価値を剥奪されること。」(ibid. p.22)

 

最高の価値、「これが当たり前の良いこと」とされてきた価値が、その化けの皮が剥がれて無くなってしまう、といった意味である。このニヒリズムの対象となった「至高の諸価値」は、通常のニーチェ解釈では「19世紀末のキリスト教道徳」を指すとされる。しかし私は、「次の二世紀(つまりは20世紀と21世紀!)の歴史を振り返って語る」というニーチェの言葉なので、これだけに留めずに捉えてみたいと思う。(現在、時代は急速に動き、価値観の崩壊や変化も急速に起きている。わたしが述べたいことは、もしかしたらもう不要となり、時代遅れになるかもしれない。しかし、一度歴史で起きたことは、大なり小なり繰り返しうるものであるし、一方でこの問題が十分に哲学的に問題化されきってはいないと感じるので、私は、ニーチェの物語の光で、この問題を照らしてもみたいのである。20世紀における「至高の諸価値」を明確にまだ言えないので、今後詳かにしたいのだが、社会学と心理学の用語を用いて簡潔に言えば、「学校化社会」の家庭への完全な浸潤 vs 交流分析のいう「ストローク」、しかも愛と認識としてのストロークの問題である。)

「徹底的ニヒリズムとは、(既存の)「至高」の諸価値だけを問題としているかぎりは、生存を維持することは絶対にできないという確信である。…この洞察は、ある種の「誠実さ」が育てあげられてきたことの結果である」(ibid. p.22-23)


 以上からニーチェの自画像が浮かび上がる。

 

1)ニーチェはおのれに深く沈潜する(そのこと自体が最も価値あることである)

 

2)今、世の中でもっとも良いとされている価値や道徳、それらが自分を損なっていることに気づく

2−2)というよりも、そのもっとも良いとされている価値や道徳を受け入れる限りは、自分の「生存を維持することは絶対にできない」、生きていけないと確信する

2−3)おのれに「誠実」であるならば、それが当然の帰結だと確信する

 

3)したがって、世の中でもっとも良いとされている価値や道徳の「化けの皮」をいったん全て剥がさねばならない、世の中的な価値を全てひっくり返すような作業だ(ニヒリズム)

 

4)これを自分の内部で進めていくと、見えてくる未来がある…。

 このうち、4)の「見えてくる未来」については、後の稿で考察したい。というのは、彼は(おそらく永劫回帰という概念として)未来を見ていたが、何度もニヒリズムの現在に戻ってきてしまう、ということが見られるからだ(これは『ツァラトゥストラ』の主人公の軌跡でもある)。しかし、今、1)から3)に注目すれば、これがニーチェの自画像だということについては、ニーチェを読んだことのある人なら概ね認めることだろう。問題は、4)を含めた全ての作業は、精神の作業であり、1)を全ての始点としていることだ。自分への深い沈潜、自分が受け取っている言葉なきものへの深い感受、それを社会が通常認めている方法ではなく一層高い(あるいは深い)方法で再言語化すること、これがニーチェの方法であり、これなしには「生きていけない」のである。

 

ニーチェの生き方は、あまりに時代を先に行き過ぎたかもしれないが、現在のHSPの生き方の中に、ニーチェの生き方の少なくとも一部が含まれていると私には思える。HSPは、単なる「繊細な人」ではなく、そこに「生きづらさを帯びている繊細な人」である。もちろん、程度の差はあれ、誰もが生きづらさを感じ、誰もが繊細だともいえる。しかし、HSPの人は、このことが自分の生存に直接関わってきて、かつ、本質的には、自分の感受しているものの価値を自分自身で気づいていると主観する人たちなのである。ニーチェが「私たち極北の民」と呼びかけたのは、こうした人たちのことで、それは「哲学者」であるにしても、以前とは全く別の「哲学者」だろうと言っているわけだ。

 

 

*1 HSP概念の提唱者である心理学者エレイン・アーロンの、以下の本の‘Author’s Note 2012’を参照。

Elaine N. Aron, The Highly Sensitive Person: How to Thrive When the World Overwhelms You, 25th anniversary edition, Citadel Press, NY, 2013.

なお、 以下のwikipediaも参照。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハイリー・センシティブ・パーソン

 

*2 だが、ニーチェはこれらよりも、【4、否定する力、否定する意志の力】こそを、自分と似た精神の最大の特徴としたかった。それが最もパワフルだと思ったのだろう。確かに、否定する意志の力、斥けるべきものを定めてそれを「受け容れない、飲み込まれない」と意志する力こそ、意志の最も現れやすく現実的な力を発揮する形態なのである。しかしニーチェは、そもそも意志の強いだけの男ではなかった。彼は確かに特別な感性のある人間であったが、その感性ではなく、否定の意志としてのニヒリズムのほうを重視してしまっているように思える)