『精神の生活』の「〈一者のなかの二者〉」という節で、アーレントは、考えないことと、悪との間の関係は何なのかを、引き続いて考察している。
古代ギリシアにおいて、もともと哲学は、それより古い詩とともに「賞賛」のためになされるもので、なぜ賞賛が大事かというと「世界や人間は賞賛されることが必要であって、さもないと、その見事さが気づかれないままになってしまう*1」というアーレントの考察に心から感動した私は、一年前からずっとこの本を読み継いできたが、この〈一者のなかの二者〉は、言葉を読み進めることができなかった。
*1 ハンナ・アーレント『精神の生活 上 思考』佐藤和夫訳、岩波書店、1994年、p.153
その理由は、書かれていることに対応する経験、あるいは感覚を、私が私自身の中に見当てること、持ち出すことができなかったからだとおもう。もう一度、いったい何を書いているのか——自分の経験や実感から遮断して、ただ論理的のみ、抽象的のみに見ることに、何一つの意義もない。アーレントもまた、なにかとたたかう過程で書いているはずなのだから——を、私の理解と照らし合わせて読み進み、いくつもの保留(私の意見と異なるから評価を保留する、というのではなくて、その論の流れが理解できず、未知という意味で)が重なったある一節、私は、その節にまさに書いてある「自分には自分があまり姿を現さないのに、ある意味で自分にとっての私」*2というものを感じたのだ。
*2 同書、p.212

