モンテーニュは、『エセー』を書き始めた初期、「精神の立て直し」をしていたという*1。その立て直しの中から、エセーがはじまった。38歳。書くのは「自分を知るため」、自分を知るのは「生活をつくるため」だったという*2。私も、また、同じような思いで、『エセー』を読み始めたのだった。
*1 保苅瑞穂『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために 』講談社学術文庫、2015年、p.26
*2 同上、pp.12-13
私は、モンテーニュという人に近づくために、保苅瑞穂氏の『モンテーニュ よく生き、よく死ぬために 』と堀田善衛氏の『ミシェル 城館の人』の2冊を、何とはなく交互に読むことにした。保苅氏の『モンテーニュ』は親密、堀田氏の『ミシェル』は武骨であって、同じ時代、同じ人のはずなのにまったく違う世界をみるようであった。保苅氏のモンテーニュへの接近は、ときに親密に過ぎるほどで、それを武骨なミシェルの生への眺めでほぐしながら、本の言葉を読み進めた。私は、もう一度、「素手」で、なにかを書きたかった。モンテーニュの『エセー』が、精神の立て直しとともに始まったのなら、なにか示唆を与えてくれるのではないか。
堀田善衛の『ミシェル』は、武骨なだけでなく、堀田自身がいつも居て、拳を構えて、モンテーニュの時代と人生の一齣に自分の時代経験をぶつけてくる。他の堀田の本と同じく、彼はつねに居合わせている。たとえば、モンテーニュが目撃し巻き込まれ、その中で自分の「自分を知り」「生活をつくった」宗教戦争を概観するに、堀田はすかさずこう書き入れている。「戦争の主導者たちは別として、隷下の兵士や中間的な命令受領者たちにとっては如何なる戦争も、終わってみれば、重く、かつ虚しいという矛盾したものしか残さない…殺戮や掠奪、強姦などが良い思い出になる筈はない。武勇、武勲などといっても、伝説的なものを除くとすれば、戦場の現場を知る者にとっては、つねに疑問の余地が残る…*3」
*3 堀田善衛『ミシェル 城館の人 争乱の時代』集英社、1991年、pp.41-42
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こういうことが政治であり外交であった時代は急速に去りつつあった。学識と実務経験が必要なのである。戦争ばかりの時代には、早く去ってもらわねばならないという思潮のなかには、やはりエラスムスやトマス・モアなどの人文主義者たちの平和イデオロギーの反映がある(p.43)
しかし、というか、彼の筆致からは、学識をベースとした実務の時代の人たちが、ユマニストたちをうまく活用した…(むろん悪い意味ではないが)そのような実務家たちの相貌がみえてくる気がする。それは保苅氏のモンテーニュへの親密な本では全く感じられないものだった。
